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強かった午後の陽射しが雲に遮断されて辺りは翳り気温が下がったような錯覚を起こさせた。

強かった午後の陽射しが雲に遮断されて辺りは翳り気温が下がったような錯覚を起こさせた。
「あや取り紐?」振り返った旦那さんの目に得体の知れない光が揺らめいた。舌をだらりと垂らしたクロの息づかいがその場に静かに漂った。



ガーデニングに勤しむ先生の横で僕は打ち明けたい相談事まとめようと頭を悩ませていた。「どうしたの?そんなに困った顔をして?」先生は土に向けていた顔を僕に向けた。美しい首筋に汗が筋を作った。
「ん…あのね、忠ってさ、紐を見ると動かなくなっちゃうんだよ」小さなスコップを持っていた先生の手が止まった。
「でさぁ、電信柱の立て看板を結わえつけてあるビニールテープとか畑の添え木に結んである紐をほどき出すと全然、歩いてくれなくなるんだ」僕は目を落とした。「時間を気にしないんだよ」ほんとはこの人を困らせたくなかった。が、しかし僕らが遅刻すると担任教師は僕を叱った。「だって忠君が…」と言い返すと「言い逃れするな!」と尚更、激昂した。(何で僕だけ…)忠を誘導して歩かなくてはいけない苦労を先生だけには理解してもらいたかった。

忠にとっての時間の概念は正常な人間には理解出来ない。何時間も黙って座っているかと思うと座る事さえ拒否する。鼻歌を歌いながら調子良く歩くかと思えば気になるモノを見つけると一歩たりとも進もうとしなくなる。それは彼が高学年になるにつれ顕著に目立ちはじめた。先生や旦那さんの知らない忠の一面を沢山見てきた僕にとって一番嫌なのは登下校中に歩かなくなる事だった。

「ごめんなさいね。今でもそうなの?」先生は庭の隅で頭を揺らして何かを見つめる忠に視線を投げた。
「ねぇ、サイダーでも飲む?」スコップを置いた細い指が優しく僕の肩に回された。


忠の紐好きに着目した先生は忠とのスキンシップにあや取りを取り入れた。
我慢強くあや取りの楽しさを教え込む先生の細い指先を僕はじっと見つめた。二人の手から手へと何往復かするとそこに素敵なタワーや橋が出来上がった。先生と忠の間に成立した数少ない、そのコミュニケーションは僕らの登下校だけじゃなく、あらゆる場面で効力を発揮し、忠の心を落ち着かせ集中力の持続に繋がった。いつしかあや取りに魅了された忠はあや取りの紐を手放さなくなっていた。
クラスの女の子が忠の紐遊びに付き合うようになると忠は笑顔で応じる反応を見せた。人との関わりを避けたがる忠にとってそれは進歩と言えた。

ある日忠の愛用の紐が机の中からなくなった。盗まれたのか、どこかに置き忘れたのかは明らかにならなかったが代用品では満足しない忠のパニックは大きく、先生が同じ紐を持って学校に現れるまでクラスメイトと担任教師は紐捜しで騒然となった。心を和ませ、集中力を高め、コミュニケーションの糸口にもなっていたあや取り紐は忠にとっての両刃の剣と言えた。

先生はあや取り紐に一粒のビーズを取り付けて紐のふちとふちを結んだ。「いい、これが忠君のあや取り紐の印よ」オリジナルなあや取り紐を先生の手から受け取った忠は自分の紐の目印に目を細めて頷いた。




「おじさん。あや取りの紐って忠が好きだった、あの?」僕は旦那さんの目に浮かんだ不安の色に俄然興味を覚えた。

「あの事件の3日後に忠は釈放された」僕は旦那さんの横に座ると先を促すように頷いた。「警察での取り調べで体調を崩していた忠は釈放後に2日ほど入院をしたんだ。私が一人で家にいた時にビーズが付いた忠のあや取り紐を届けに来てくれた少女がいたんだ。落とし物ですと、その子は言ってた。その紐に意味があるなんて何も考えず、私はその件をすっかり忘れていた」旦那さんは顔を上げずに一気にそこまで話すと隣の僕をそっと見て話を続けた。「忠の所持品に紐がなかった事を…どうして気がつかなかったんだろう?」旦那さんは額に皺を寄せて遠くを見つめた。


16歳になっても忠はあや取り紐を持ち歩いてはいじくり回した。忠と紐は切っても切れない関係である事は村の誰もが知っていた。
「警察の捜査はたちまち終了して、私達にとっては忠をどうするかという問題で頭が回らなかったんだ」僕はクロの頭を撫でながら、その言葉に頷くしかなかった。

「で、紐を届けに来た女の子って?」それが重要かどうかはわからなかったが届けに来た女の子を知りたいと僕の気持ははやった。
「古都辺の子だ。小学校の高学年ぐらいだと思うが…名前は…聞いたかもしれんが思いだせん」頭を巡らせる旦那さんの横で僕は煙草に火を付けて深く吸い込んだ。(古都辺の子供も奈良の大仏公園に遊びに来る。忠があや取り紐で一人遊びに耽っているのを見かけていたに違いない)


「先生はその事を知らないんですね?」足元で長くなったクロが顔を上げてチラッと僕を見た。「あ、ああ。当時は重要な事だとは思わなかったんだ」旦那さんは目にすまなさそうな色を浮かべた。「き、君が知りたい事に何か関係はあるのかい?」僕は黙って首を振った。雲が途切れ再び強烈な陽射しが差した。クロの尻尾が地面を叩くたびに埃が宙を舞った。



届けられた、あや取り紐は事件の鍵を握る証拠品になりえたかもしれない。旦那さんと別れた僕はクロに引かれる様に誉田の街へと戻りながら、思いを巡らせた。(先生が聞いたら目を剥いて怒るに違いないな…)

旦那さんは口止めをしなかったが、この情報を先生に話す気は僕にはなかった。被害者の少女も古都辺部落なら、忠バッシングの先頭に立った地主も古都辺。そしてあや取り紐を届けに来た女の子も古都辺。古都辺がやたらと絡む事に僕の胸は高鳴りを覚え腋の下がじっとりと汗ばむのを感じた。



「お待たせしてすみませんでしたね」クーペを預けてあった修理屋のオヤジは今朝よりも機嫌が良さそうだった。「車を大切にされてる方だというのは存じていますので手抜きはしていません」キーを受け取った僕はクロを車に乗せてからオヤジの長い話に相づちを打ちながらクーペを一周した。「どうもありがとうございました」車の耐久年数に話が及んだ所で僕は話を打ち切り車に乗り込んだ。「失礼ですが、息子さん?それとも弟さんかな?」オヤジは尚もウィンドウを下ろした窓越しに問いかけてきた。「どっちでもないです」僕はそう答えると車をスタートさせた。

ガソリンスタンドに車を乗り入れた僕は店員にキーを渡しクロにビスケットを与えてから公衆電話に向かった。

自動車電話のややっこしい番号を打ち込んで発信音に耳を済ました。「はい。もしもし」飯塚の声と車内のざわめきが聴こえた。「おっ、君か。ちょっと待ってくれ。タモツ君から報告があるらしい…」
接続状態の悪さに苛立っていると、ハウリングと共にタモツのでかい声が受話器から聞こえた。
「ねえ、聞こえる?理穂がさぁ…」音声は途切れがちだった。「えっ、理穂ちゃんがどうしたって?」僕は受話器にしっかりと耳を付けた。「2位だよ!準優勝!県大会に出るんだよ」「ほ、ホントか?」理穂の努力が実った事を僕は素直に喜んだ。(先生も鼻が高いかもしれない)タモツの明るい声の響きの後ろで先生のくぐもった声が聞こえた。
「あ、おばさんが今夜は庭でバーベキューをするから準備しといてだって。聞こえてる?僕達は茂原で買い物してから帰るね」タモツの興奮した声に圧倒されて僕は受話器を少し耳から離した。「ああ、わかった。車はもう大丈夫だと言っといてくれ」
受話器をフックに叩きつけるように置いた僕は窓ガラスに顔をべったりとくっつけたクロのもとに戻った。
先生から預かったカードで支払いを済ませた僕は店員からキーを受け取るとエンジンをかけた。
「さあ、帰るか!」助手席のクロに声をかけて車を発進させた。
(先生達が買い物をしてから戻るんなら、まだ2時間はあるな)僕の頭の中はめまぐるしく回転した。「もう一軒、寄り道するか?」僕は助手席のクロの背中をポンと叩いて話しかけた。長い舌をだらりと垂らしたクロが調子に乗って僕の膝に身を乗り出した。「おい、前が見えないよ!」僕は肘で黒い犬を押し返すと次の計画を頭の中で練りはじめた。駅前の信号が青に変わると車の列はスムーズに流れ始めた。「オマエの出番かもしれない。頼むぞ、相棒!」熱い息を吹き掛けてくるクロに囁いていた。






傷つけるつもりは無かったけど鶯谷 風俗に行ってたようです。
# by dissident367 | 2010-11-05 02:49

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